三咲町における『タタリ』の攻防戦より既に二十日余りが過ぎた。
志貴と士郎は三咲現地で解散となり、士郎達は冬木の自宅に帰り『タタリ』との戦闘による傷を癒していた。
最も、士郎にとっては帰宅してからの方が一大事であったわけだが。
その日も士郎は一人『タタリ』との戦闘の傷、更にはその後立て続けて起こった、修羅場でのダメージを癒すべく休養を取っていた。
ただ、白猫となったレイのみ士郎の膝の上で丸くなってまどろみの中にいる。
黙っていれば愛らしいのだが、口を開けばカレンに匹敵する腹黒さを見せつける。
そんな訳か、カレンとの相性は普段は最悪(これは同族嫌悪かと思われる)であるが、ある一定の条件下・・・率直に言えば士郎をからかう時・・・では極端に仲が良くなる。
と、そこに電話のベルが鳴る。
「電話?誰だ?」
誰もいなかったので、レイを起こさないようにそっと床に置き直し、受話器を取る。
「もしもし、衛宮ですが」
その日の夕食、この日、大河は実家の用事でこちらに来る事が出来ず(本人はぶつくさ文句を垂れていたが)、それを除けば何時もの面々が和やかな空気の元、食事を取っていた。
が、その空気を木っ端微塵に打ち砕いたのは他ならぬ士郎だった。
「ああそうだ、イリヤ」
士郎は何気ない口調でイリヤに声をかける。
「?何?シロウ」
「ああ、来週の日曜だが暇か?暇なら屋内プールに行くか?」
その瞬間総員の会話が止まり、時間がまさしく停止した。
それとは対照的にイリヤの周囲には満開の花畑が広がる幻視を士郎は見た。
心なしかチャペルの鐘の音が聞こえて来る。
「行く行く〜!!!もちろん行く!!用があっても強引に暇にする〜!!やった〜やった〜!!シロウとデートだ!!!!!」
そのはしゃぎっぷりを微笑ましそうに見つめる士郎だったが最後の言葉に何故か驚く。
「おい、イリヤ?行くのは良いが何だ、そのデートって?今回は」
士郎の言葉は最後まで喋られる事はなかった。
何故なら
「・・・フィッシュ」
聖骸布で簀巻きにされ、吊り上げられた上で、
「士郎」
「先輩」
「シロウ」
人を殺せる笑みを浮かべる凛、桜、アルトリアに包囲されていたから。
その間五秒も経っていない。
「えっと・・・なんでさ」
取り敢えず最近口癖となった台詞を呟く。
「ああ、なんて事でしょう、衛宮士郎。やはり貴女は少女愛好者、いえ幼女愛好者だったのですね。それでしたら外見上幼女の夢魔を手篭めにしたり、先輩方に何の興味も持たない筈です」
と、彼を蓑虫にした張本人が神に懺悔しながら腹黒い笑みを浮かべて火を煽る事を言い放ち、包囲した三人の視線に更に危険なものが加わる。
「全くですねエミヤ様、貴方の様な人の皮を被ったケダモノに、由緒正しきアインツベルンの後継者であるお嬢様を任せるわけには参りません」
「シロウ、ロリコン?」
「おいこら待てや!!そこの腹黒シスター!!俺にそんな愛好趣味はねえ!!それとセラ!!人をケダモノ扱いするな!!更にリズ!!疑問系で聞くな!!否定形で信用してくれ!!大体なんでいきなりそんな人間として不名誉なレッテル貼られなきゃならん!!!」
だが炎が燃え盛る現状にガソリンを注ぎ込む者もいた。
「あらマスターお盛んね。私とこの子と一緒に愉しむの?」
何を愉しむのか等と聞いてはいけなかった。
聞けば何が起こるかわかったものではない。
「レイ!!何言ってやがる!!俺にそういった趣味は無いと何度言えばわかる!!」
「そうよ。私は立派なレディよ。私の魅力にシロウがやっと気付いただけなんだから!」
「いやそうじゃなくて・・・」
イリヤの場違いな指摘に、思わず突っ込んでいると、凛が何故かひとさし指を突きつけて士郎を詰問する。
「で士郎、あんたいきなりイリヤと二人っきりでプールに出かけるなんてどう言う事?」
その内容に逆に面食らったのは士郎だった。
「へ?いや待て凛。お前、俺がイリヤと二人だけでプール行くと思っているのか?」
「さっきの先輩の言葉だけ聞けば当然です」
桜はいつでも影の中に引きずり込む用意は出来ている。
「全くです。シロウ、場合によっては貴方の性根叩きなおす必要があります」
アルトリアはむき出しのエクスカリバーをぺちぺち頬に当てている。
「いや、違うって・・・本当に二人だけで行ったって面白くないだろう」
溜息混じりに士郎は説明を始めた。
それは昼士郎が電話に出た段階まで遡る。
「もしもし、衛宮ですが」
『おお〜士郎かい?丁度ええわ』
「??コーバック師?どうされたんです?」
『おお、実はな士郎、己にええ話や。『わくわくざぶーん』ちゅう総合プール施設あるやろ?おんどれの所に』
「ええ、ですけどあれ、なんか経営者が変わったとかで今改装中ですよ」
『おおさよか、そこまで知っておるのなら話は早い。それでな、そこの改装が終わって来週の日曜プレオープンするんや。そこに士郎達を招待しようとおもうてな』
「へ?それは嬉しいですけど・・・そんな事コーバック師が決められるものではないでしょう」
『甘いで士郎。わいが未確定な事を言うと思うたか?』
「はい?それは・・・」
『わいがその『わくわくざぶーん』の新オーナーや』
「・・・まあコーバック師なら何でもありですね」
士郎は特に気にする事無くコーバックの言葉を信じた。
確かにこの人は人をおちょくる事に関しては天才的だが、嘘やほらの類は言った事はない。
この人が言うには全て事実なのだろう。
「コーバック師、師のご好意はありがたいのですが・・・今はまだ『六王権』探索もありますし・・・」
『たまにゃあ張った気持ちを落ち着けるのも必要やで。大体士郎も志貴も、根を詰めすぎや』
そう言われると返す言葉も無い。
思い返してみれば『聖杯戦争』が終戦してから、二日に一回のペースで欧州に赴き『六王権』の探索を行っていた。
この一月近くの実に半分以上欧州に赴いている。
更には、『タタリ』討伐まで重なり、本当の意味で気が休まる時が無いのが実情だ。
疲れは感じていないが、コーバックの言うとおり、たまには休息も必要なのかもしれない。
「・・・判りましたお言葉に甘えて楽しませて貰います」
『そうそう、人間素直が一番やで』
「はいはい、で、プレオープンと言うには他に招待客が?」
『ああ、あと志貴の所にも声を掛けようかと思うとる』
「で、他は?」
『おる訳ないやんか。士郎と志貴、そんでもっておのれら二人の連れのみや。プレオープンを名目にした慰労会と思うてくれ』
「な、なるほど・・・判りましたじゃあ俺も家の人間に声を掛けてみます」
『たのむで、人数が判ったら連絡くれや』
「はい・・・」
余談だが、志貴もまたこの話を聞いた時『まあ教授だから』とその話を丸呑みにした。
信用があるのか無いのかは微妙だが、唯一つ言えるのはコーバック・アルカトラスはこういう死徒なんだと二人に認識されていたと言う事であった。
「・・・と言う訳。納得してもらえた?」
溜息をついて説明を終える士郎。
だが、不信の視線はまだ消える事はないし士郎は蓑虫から人間に戻っていない。
「じゃあどうしていきなりイリヤに尋ねた訳?」
「ああ、イリヤと最初に視線があったから」
実にあっさりとした返答が返って来た。
その返答に安堵と呆れ、さらには不満の溜息が漏れる。
「それでカレン、いい加減これ解いてくれないか?」
「・・・実に不満が残る結果ですがまあ良いでしょう」
不貞腐れた様に聖骸布を解く。
「いや不満って・・・なんだそりゃ」
カレンの子供のような言い草にげんなりする。
更には
「ってイリヤも、なんですさまじく落ち込んでいるんだ?」
「む〜シロウの鈍感」
「いや・・・鈍感と言われても・・・話を戻そう」
なんか話しがどんどん横道にそれる恐れを感じた士郎が強引に話を戻す。
「皆行くか?」
その返答への答えは軒並み了承だった。
ただ、
「そうだな・・・衛宮の知人の好意素直に受けるべきだろうが、学校の仕事もあるからな・・・その日が空いていたら私も同席させてもらおう」
宗一郎が当日の予定如何となった。
そして宗一郎が来ないとなれば彼にぞっこんのメディアはまず来ないだろう。
宗一郎のいない所になどよほど彼女の趣味の合ったものがない限り出向く事などない。
そして士郎にとって意外だったのはカレンとレイも同行すると言う事だった。
「それにしても意外だなカレン、お前が出るなんて。てっきり留守番するかと思っていたが」
「そうですね。確かに私らしくないですね。ですが『真なる死神』の姿をこの眼で確認する何よりの好機です。今回の件を利用させてもらうだけです」
「ああ〜なるほど・・・」
そういえばカレンはまだ志貴の姿を見ていない事を思い出す。
「レイお前も出るのか?猫って水が苦手じゃないのか?」
「まあ確かに水はあまり好きじゃないけど泳げないって程じゃないわ。それにどうせレンも来るだろうから、レンに私とご主人様との関係を見せつけようかなって思ったから」
「頼むレイ、そう言った事を言うな。ここの空気が重くなる」
事実、周囲の視線が再び冷たいものに変貌を遂げている。
「それで士郎、水着とかはどうするの?」
「ああそれだったら、今回の改装時にコーバック師が水着のショップを今回新しく開店させたらしい。で、一人一着プレゼントするから手ぶらで構わないって」
「それ本当?随分と太っ腹ね」
「まあプレオープンだからな。水着数十着なら安い宣伝になると考えているんじゃないかな?・・・さてと・・・片付けたらコーバック師と志貴に連絡取るか」
そう言って、やや冷めた夕食に再度手を付け始めた。
その一方『七星館』でも、夕食の席において、
「へぇ〜プールのプレオープンに志貴ちゃんお呼ばれしたの?」
コーバックの『わくわくざぶーん』プレオープンが話題に乗っていた。
「ほんとコーバックも色々するわね」
「本当、俗人ぶりじゃ十四位ヴァン・フェムに匹敵するんじゃないかしら?」
「それで志貴、招待を受けるのですか?」
「ああそのつもり。せっかくの教授のご好意だ。受けない訳にも行かないだろ?それにここ最近『六王権』探索でお前達をおざなりにしている所もあるから、家族サービスも兼ねてな」
そんな志貴の何気ない言葉に例え様のない充実感がこみ上げてくる『七夫人』。
自分達が大事にされている、想われているんだと言う事が幸福感をこみ上げてくる。
「無論みんなも行くんだろ?」
『うん(ええ・もちろん・はい)!!』
志貴の問い掛けに一秒のタイムラグもなく頷く。
「それと朱鷺恵姉さんはどうします?」
「う〜んそうね・・・せっかくだから志貴君のご好意受けてみようかな。でもそうなると水着も用意しないと・・・」
「あっ水着なら教授が一人一着好きな水着をプレゼントするから大丈夫だと言っていましたよ」
「へえ〜」
「なんか・・・至れり尽くせりだけどいいのかな?」
「大丈夫だよさつき。教授にしてみれば広告費程度でしか考えていないわけだし・・・それとレン、お前はどうする?」
志貴の胡坐の上に丸まっていたレンは人型に戻るとこくりと頷く。
「・・・あの子にも会いたいし」
「ああレイの事か?」
こくりと頷く。
「そうか・・・じゃあ内は全員出席と・・・教授に報告しないと」
そして当日の日曜日・・・
「志貴!」
「よう士郎」
『わくわくざぶーん』前に先に到着していた志貴達が士郎達を出迎える。
「やっぱり全員出席か」
「ああ。お前の方も全員か?」
「ああ・・・二名欠席かなと思ったんだけど・・・」
その視線の先にはメディアと宗一郎がいた。
前日までは宗一郎は仕事が入っていた筈だったのだが昨夜突然『仕事を休んでくれ』と校長から頼まれた・・・いや、懇願の類だったと言う噂もある・・・らしい。
後日聞いた所『脅されて・・・』と校長が虚ろな表情で友人に漏らしていたという・・・
「で、士郎・・・そこにいるシスターは誰だ?」
「ああ彼女は教会から派遣されたシスター、紆余曲折が五回ほどあって家に居候している」
「初めまして『真なる死神』、私、教会よりこの冬木に派遣されたカレン・オルテンシアと言います・・・想像していたよりも人畜無害な様ですね」
初対面の志貴に面と向かってとんでもない事を言うカレン。
そのあまりの直球ぶりに、後ろの『七夫人』が幾分気分を害したようだったが、当の志貴本人はと言えば怒る前に苦笑した。
「初めまして、七夜志貴です・・・随分と色々と言う子だな」
「ああ俺も手を焼いているんだよ。間違いなく家じゃレイと双璧を為す曲者さ」
「ははは・・・琥珀と朱鷺恵姉さんと似たようなものか・・・」
「いや、あのお二人の方がまだマシだと思う」
「随分と色々言いますねお二人とも・・・」
「そうね。全く失礼しちゃうわ」
カレンとレイが揃って文句を言う。
「ひどいよ志貴ちゃん・・・」
「そうよ志貴君、そんな事言うと、今夜何するかわからないわよ」
更に琥珀は悲しそうに、朱鷺恵は笑顔でなにやら怖い事を口にしている。
「さて・・・じゃあこれで人数揃ったから行くか」
「ああ、それで士郎。着替える前に教授の所に行くぞ」
「え?コーバック師が何かしたのか?」
「別にどうと言う訳でもないが、色々話があるらしい、真面目な件も不真面目な件も」
「なるほどな・・・じゃあ皆一足先着替え始めてくれ」
「失礼します教授」
「コーバック師失礼します」
オーナー室と札が据え付けられたドアをノックして室内に入る二人。
「おお二人ともよう来たのぉ」
「今日はお世話になります教授」
「ああ、うんと楽しめや。これはゼルレッチに蒼崎はんからのプレゼントでもあるからのぉ〜」
「先生や師匠も絡んでいるんですか教授?」
「当たり前や。己らの休養が最大目的であるからの」
「そうなんですか」
「でや、ここから少し真面目な話といこか」
コーバックの言葉に二人の表情が引き締まる。
「エレイシアからの報告や。今消息を絶っている二十七祖の大半が『六王権』の軍門に下った可能性が極めて強いとの事や」
「何ですって!」
「ああ、確実な情報や無いけど」
「確か・・・今消息を絶っている二十七祖で『六王権』と『影』、そして『六師』の八人を除けば・・・」
「三位、五位、十位、十一位、十五位、十六位、十七位、十八位、二十一位の九体・・・」
志貴の言葉を繋ぐように士郎が消息不明である二十七祖を上げる。
「ああ、三位と五位は無視してええから実質上は七体や」
コーバックの指摘にそうだったと頷く二人。
第三位『朱い月のブリュンスタッド』は事実上アルクェイドの中にあるし、第五位『ORT』に関しては、死徒と言う範疇を超えた怪物だ。
大体、線も点も見えない生命体など性質が悪いを軽く凌駕する。
そして・・・これは誰も知らないが、志貴はこいつに完膚なきまでに叩きのめされて敗北したのだ。
『六王権』と言えど、おいそれと手を出せるとは思えない。
「まあ十一位の『捕食公爵』なんぞは無視してもええと思うけど」
「それでも六体・・・しかも十七位『白翼公』がいるとなればその配下の死徒や死者も『六王権』側に加わる・・・」
「冗談抜きで大事になるな・・・奴らが決起した暁には」
「そう言う訳や。今日は完全休養やけど、明日からは気張ってもらうで」
「「はい教授(コーバック師)」」
そう言って、二人とも力強く頷いた。